福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)514号 判決 1980年5月08日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は控訴人に対し、金四四万三、二二四円
及びこれに対する昭和五三年四月二七日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。
三 この判決は、控訴人において金一四万円の担保を供するときは主文一1に限り仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、「一 原判決を取り消す。二 被控訴人は控訴人に対し金一六八万〇、九五三円及びこれに対する昭和五三年三月二七日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに右二、三につき仮執行の宣言を求め、右支払いを求める金額を超える部分につき従前の訴を取り下げると述べ、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、右訴の一部取り下げに同意すると述べた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり加えるほか原判決の事実摘示(原判決一枚目―記録七丁―裏三行目から原判決五枚目―記録一一丁―表三行目までと同一であるからこれを引用する(但し、原判決一枚目―記録七丁―裏三行目「「被告は、」から同裏六行目「その」までを削り、原判決四枚目―記録一〇丁―裏一二行目「同第二」の後に「、第三号証の一ないし四、同第四」を加える。)。
一 控訴代理人は次のように述べた。
1 従前主張の損害の額及び内訳を次のとおり補正する。
(一) 脇丸病院の治療費 二五一万三、〇四〇円
控訴人は、本件事故により頸椎捻挫、腰椎捻挫、背部打撲、左肩関節捻挫の傷害を受け、脇丸整形外科病院で昭和五三年三月二八日から同年六月三〇日までの九五日間入院し、その後同年八月三一日までの間二六回通院して治療を受け、その治療費として金二五一万三、〇四〇円を要した。
(二) 入院雑費 四万七、五〇〇円(従前主張のとおり)
(三) 交通費 五、二〇〇円
控訴人は、前記二六回の通院のため一回往復二〇〇円、合計五、二〇〇円の交通費を支出した。
(四) 松田整体治療院の治療費 三万九、三〇〇円
控訴人は、前記頸椎捻挫及び腰椎捻挫(いわゆるむち打ち症)の治療のため松田整体治療院に昭和五三年五月二四日から同年七月二五日までの間一九日通院して治療を受け、その治療費として合計三万九、三〇〇円を要した。むち打症に対しては、鍼、整体等の治療が有効なことは公知の事実であるから、控訴人が要した右治療費も本件事故と因果関係のある損害である。
(五) 休業損害 一〇六万七、〇〇〇円
控訴人は、昭和五一年八月一日以来「やかた寿司」店に勤務し、本件事故当時は月額一六万五、〇〇〇円の給与を得ていたものであり、同寿司店では毎年七月に五、〇〇〇円の昇給があり、また夏、冬の二回基本給の約一・五倍の賞与が支給されることになつていたところ、本件事故のため昭和五三年四月から同年八月まで就労できず、その間給与、賞与の合計一〇六万七、〇〇〇円に相当する得べかりし利益を失い、同額の損害を受けた。右損害の内訳は次のとおりである。
(イ) 毎月一六万五、〇〇〇円の割合いによる昭和五三年四月、五月、六月の三ケ月分給与合計四九万五、〇〇〇円。
(ロ) 毎月一七万円の割合による昭和五三年七月、八月の二ケ月分給与合計三四万円。
(ハ) 昭和五三年八月分の賞与二三万二、〇〇〇円
(六) 慰藉料 六〇万円
控訴人は、本件事故により入・通院期間中頸部から両肩甲部にかけての疼痛、頭痛、悪心、嘔吐に悩まされ、就労後もなお全身に倦怠感があり、根気が続かず十分には仕事ができなかつたため精神的、肉体的に多大な苦痛を被つた。右苦痛を慰藉するには六〇万円を下ることはできない。
(七) 弁護士費用 二六万八、〇〇〇円
控訴人は、原審で敗訴したため、やむなく本訴の追行を弁護士である控訴代理人に委任し、その報酬として昭和五四年一二月一日一〇万円を支払い、謝金として一六万八、〇〇〇円を支払うことを約した。右合計二六万八、〇〇〇円は本件事故と相当因果関係のある損害である。
(八) 損害の填補 二〇〇万円
控訴人は、本件事故による損害賠償として、被控訴人運転の加害車の自賠責保険から一〇〇万円、控訴人が同乗し、谷素之が運転していた被害車の自賠責保険から一〇〇万円、合計二〇〇万円の保険金を受領したので、これを前記(一)ないし(七)の控訴人の損害合計四五四万〇、〇四〇円から控除すると残損害額は二五四万〇、〇四〇円となる。
2 よつて、控訴人は従前主張の請求額を減縮し、被控訴人に対し前記残損害金二五四万〇、〇四〇円の一部請求として、その内金一六八万〇、九五三円及びこれに対する本件事故の日である昭和五三年三月二七日以降支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被控訴代理人は、一1(一)ないし(七)の控訴人主張の損害の発生は不知。一1(八)のうち控訴人がその主張のとおり自賠責保険金合計二〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は不知と述べた。
三 証拠として、控訴代理人は、甲第六ないし第八号証、同第九号証の一ないし四、同第一〇号証を提出し、当審における証人立和名成夫、同大神孝志、控訴人の各供述を援用し、被控訴代理人は、当審証人本松甫助の供述を援用し、前記甲号各証の成立は不知と述べた。
理由
一 本件交通事故の発生及び責任原因
控訴人主張の日時にその主張の場所で被控訴人運転の加害車と谷素之が運転し、控訴人が同乗中の被害車とが衝突したことは当事者間に争いがなく、当審における控訴人の供述によつて成立を認める甲第二、第三号証の各一、二、成立に争いがない乙第一号証の一ないし七(同号証の四、六は各記載の一部)に原審における控訴人及び被控訴人の各供述を綜合すると、本件事故現場は交通整理の行われていない交差点で、加害車の進行していた松島一丁目方向から同五丁目方向にかけては、左の見とおしが良くないが、前方及び右の見とおしは良好であつたこと、一方被害車の進行していた流通センター方向から松島四丁目方向にかけては、前方左右とも見とおしが良かつたこと被控訴人は、加害車を運転してパンク修理のためガソリンスタンドを探しながら時速約一五キロメートルで徐行しつつ前記交差点に近づき、一時停止の道路標識に従つて停車したうえ発進したが、右方の安全確認不十分のまま交差点に進入しかかつたため、折しも右方から接近して来る谷素之運転の被害車を約一〇メートルの地点に認め、左に転把したが及ばず、交差点中央を越えたところで加害車の右前部と被害車の左前部とが衝突したこと、他方谷素之は時速約六〇キロメートルで被害車を運転中左方道路を前記交差点に向け進行中の加害車を認めたが、同車が前記一時停止標識の場所で被害車の通過を待つてくれるものと軽信し、そのままの速度で加害車の動静に注意することなく交差点に進入したため前叙のとおり衝突事故が発生したこと、右事故によつて被害車に同乗中の控訴人は、頸部、腰椎、左肩関節各捻挫、背部打撲の傷害を受けたこと、以上の事実が認められる。前顕乙第一号証の四、六の各記載中右認定に反する部分は、前顕乙第一号証の三の記載に照らして採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によると、本件事故は被控訴人の右方の安全確認義務を怠つた過失と谷素之の前方注意及び徐行義務を怠つた過失とが競合して惹起されたというべきである。さすれば、被控訴人は、民法七〇九条により本件事故によつて控訴人が被つた後記損害を賠償すべき義務がある。
二 損害
本件事故によつて控訴人が被つた損害は次のとおりである。
1 脇丸病院の治療費 二五一万三、〇四〇円
前顕甲第二、第三号証の各一、二、当審における控訴人の供述によつて成立を認める甲第八号証、原審及び当審における控訴人の供述を総合すると、控訴人は、本件事故による前叙傷害のためその主張の期間及び回数入・通院して治療を受け、その治療費として二五一万三、〇四〇円を要したことが認められる。
2 入院雑費 四万七、五〇〇円
控訴人が、本件事故による傷害のため九五日間入院したことは前叙のとおりであるから、その間経験則に照らし少くとも一日五〇〇円、合計四万七、五〇〇円の雑費を要したと認められる。
3 交通費 五、二〇〇円
原審における控訴人の供述によると、控訴人が、前叙二六回の通院のため支出した交通費は、一回につき往復二〇〇円、合計五、二〇〇円であると認められる。
4 松田整体治療院の治療費 三万九、三〇〇円
弁論の全趣旨によつて成立を認める甲第四号証の一、二、原審及び当審における控訴人の供述によると、控訴人は、本件事故によつて被つた前叙頸椎捻挫及び腰椎捻挫の治療のため控訴人主張の期間内に一九回松田整体治療院に通院して整体治療、指圧治療、カイロブラクテツク治療を受け、合計三万九、三〇〇円の治療費を支出したこと、右治療は被控訴人及びその父も是認していたものであり、かなりの効果があつたことが認められるから、右治療費は本件事故と相当因果関係がある損害というべきである。
5 休業損害 一〇六万七、〇〇〇円
当審証人大神孝志の供述とこれによつて成立を認める甲第九号証の一ないし四、原審及び当審における控訴人の供述を総合すると、控訴人は、大神孝志の経営する「やかた寿司」店に勤務し、本件事故当時は月額基本給一五万円、家賃手当一万五、〇〇〇円合計一六万五、〇〇〇円の給与を得ていたこと及び同寿司店では毎年一月と七月に各五、〇〇〇円の昇給があり、また八月と一二月には各基本給の一・五倍の賞与が支給されることになつていたところ、控訴人は、本件事故のため少くとも昭和五三年四月から同年八月までの五ケ月間就労できなかつたことが認められる。さすれば、控訴人は、右休業期間中の同年四月、五月、六月は毎月一六万五、〇〇〇円の割合による給与の三ケ月分計四九万五、〇〇〇円、同年七月、八月は昇給による毎月一七万円の割合による給与の二ケ月分計三四万円及び同年八月分の賞与二三万二、五〇〇円(基本給一五万五、〇〇〇円の一・五倍)以上総計一〇六万七、五〇〇円の得べかりし利益を失い、同額の損害を受けたというべきであるから、その範囲内である一〇六万七、〇〇〇円を休業損害とする控訴人の主張は正当といわねばならない。
6 慰藉料 二〇万円
本件事故によつて控訴人が被つた傷害の部位、程度、入・通院期間、後記認定の被害者側の過失その他諸般の事情を考慮すると、控訴人の本件事故による精神的、肉体的苦痛を慰藉すべき額は、二〇万円をもつて相当と認める。
三 過失相殺
一項認定のとおり本件事故の発生については、被害車の運転者谷素之にも前叙過失があるところ、前顕乙第一号証の六、七、当審証人大神孝志、原審における控訴人の各供述によると、控訴人は、勤務先の前叙寿司店の経営者大神孝志所有の被害車の助手席に乗り、同僚の谷が運転中本件事故を惹起したものであり、同人と控訴人とは、身分上及び生活関係上一体をなすと認められるから、谷の過失は被害者側の過失として、控訴人の損害額算定につき斟酌するのが相当である。そして、前叙認定の本件事故の態様に照らし、双方の過失割合は控訴人側が四割、被控訴人が六割とみるのを相当とする。そこで、前項1ないし5の控訴人の損害額合計三六七万二、〇四〇円につき右過失を斟酌すると、残額は二二〇万三、二二四円となり、これに既に右過失を斟酌したうえ認定した前項6の慰藉料二〇万円を加えると二四〇万三、二二四円となる。
四 損害の填補
控訴人が、本件事故による損害の填補として自賠責保険から控訴人主張のとおり合計金二〇〇万円を受給したことは当事者間に争いがないので、前叙二四〇万三、二二四円の損害額から右保険金を控除すると、残損害額は四〇万三、二二四円となる。
被控訴人は、本件事故による損害の賠償として控訴人の代理人立和名成夫に対し、五〇万円を支払つた旨主張するのに対し、控訴人はこれを争い、右金員は被控訴人から控訴人の勤務先「やかた寿司」店の営業損害に対する補償として支払われたものである旨主張するので、この点につき判断する。成立に争いがない乙第七号証、当審証人大神孝志の供述によつて成立を認める甲第六、第七号証、当審証人立和名成夫、同大神孝志、原審及び当審における控訴人の各供述を総合すると、控訴人の勤務先「やかた寿司」店の経営者大神孝志は、昭和五三年六月中旬頃本件事故による被害車の修理代金及び従業員である控訴人と谷素之両名の欠勤に伴う店舗休業による営業補償の請求を有限会社筥松ボデーの代表者立和名成夫に委任し、控訴人もその後本件事故による損害賠償請求を右立和名に委任したこと、立和名は右委任を受けて被控訴人の雇主である本松甫助と折衝した結果同人が昭和五三年六月三〇日被控訴人のために立和名に対し、やかた寿司の店舗休業による休業補償として金五〇万円を支払つたこと、控訴人自身の損害に関する折衝は、当時まだ控訴人が入院治療中であつたため具体化していなかつたこと、以上の事実が認められ、原審及び当審証人本松甫助の供述中右認定に反する部分は採用し難い。他に右認定を覆えし前叙五〇万円が控訴人に対し本件事故による損害賠償として支払われたことを認めるに足る証拠はない。
五 弁護士費用
当審における控訴人の供述と、これによつて成立を認める甲第一〇号証によると、控訴人は、当審において本訴の追行を弁護士たる控訴代理人に委任し、着手金一〇万円を支払つたほか利益額の一割に当る謝金の支払いを約したことが認められるが、本訴の難易、認容額等を考慮し、そのうち四万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
六 してみれば、控訴人の本件請求は、被控訴人に対し金四四万三、二二四円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五三年四月二七日以降支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。
七 よつて、右と結論を異にし控訴人の請求を全部棄却した原判決は、右と結論を異にする限り一部失当であり、その余は相当であるから、民訴法三八四条、三八六条に従いこれを主文第一項1、2のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)